現代医学と医療 ―健康とは何か―

 

健康とは何か

「あなたは健康ですか?」 もしそう聞かれたら、どう答えますか。
「イエス」? 「ノー」? それとも「よくわからない」と答えるでしょうか。
健康についての捉え方は、人それぞれですが、健康の定義とは何でしょう。
病気に全くかかっていない状態を指すのでしょうか。
私はこう考えます。日常生活にさほど支障がなければ健康と考えてもよいのではないか。また、そう思うことが健康でいられるのではないだろうか。


そもそも病気や病人という言葉は、医療に関わる人には便利な言葉です。しかし、そう呼ばれる人にとっては「自分は病気なんだ」という落胆や後ろ向きの気持ちをもち、精神衛生上好ましくはないと考える。健康そのものではないにしろ、少なくとも病人ではないと思って暮らす事が、健康でいられる。病院は、ある意味ではわざわざ病名をつけ、病人を作り出す場所でもあると思う。



 
意外にわからない病気の原因

病気には風邪のように自然に治るような軽いものから、慢性化してなかなか治りにくい病気、いわゆる難病までいろいろあります。
がん、アトピー性皮膚炎、喘息、膠原病、うつ病、心筋梗塞、尿路結石、筋ジストロフィー、脳梗塞、肝硬変、メニエル病、エイズなどなど。
こうした難病は、罹患すると、特有の症状に悩まされる。
この中で、原因がわかっているのは、動脈硬化による心筋梗塞と脳梗塞、遺伝子による筋ジストロフィー、ウイルスかアルコールによる肝硬変、ウイルスによるエイズだけである。

それ以外の難病の原因は「はっきりしない、わからない」というのが現状である。



医学は進歩しているのか

病院で行われている今の医療を「西洋医学」または「現代医学」とよびます。
百年前から比べると、人々の栄養状態が改善し、抗生物質が発達したため、ビタミン欠乏症や結核などの感染症での死亡者は激減した。
医療は診断方法、救急医療、新生児医療、心臓手術、透析治療、静脈栄養、内視鏡、各種カテーテルなどの分野では進歩があったが、他の大部分の慢性疾患の治療には大きな進歩が見られない。



完治はたった1割

人間が抱える病気の種類は、珍しいものも含めると3000から4000種類あるといわれている。
体を元の状態に戻す事を「完治」といいますが、西洋医学で「完治」出来るのは1割以下です。
たとえば、「進行性がん」は今の西洋医学ではほとんど治せません。
抗がん剤や放射線療法でも延命効果はあまり期待できません。
また、病院で処方される薬には、アレルギー性疾患であるアトピー性皮膚炎、気管支喘息、花粉症などを根本的に治すこと、つまり体質そのものを丈夫にする効果はありません。


西洋医学では、症状を和らげる対症療法が主体で、病気の原因を治療することはほとんど行われません。

本来の対症療法とは、患者の苦痛を軽減する事ですが、日本の医療現場では、逆に患者を苦しませる行為が行われる事が少なくないのです。



薬漬け医療は悪循環 (多くの病院で行われている薬漬け医療とは)

一例を挙げてみます。
ある70歳の老婦人が健康診断で血圧が高い事がわかりました。
しかし、簡易血圧計を買って自宅で計ると血圧は高くない。
念のため病院で診察を受けると、高い数値を示す。
血液検査の結果、コレステロール値が「240mg/dl]と少々高いことも判明して、担当医は血圧を下げる薬とコレステロールを下げる薬を処方しました。
しばらく内服していると、二つの薬の副作用で頭痛とめまいが起こるようになりました。
老婦人がそのことを訴えると、担当医は薬を止めたり減らしたり換えたりせず、頭痛薬とめまいの薬を追加して処方しました。
さらにしばらくすると、今度は頭痛の薬の副作用で胃潰瘍が併発し、この老婦人はとうとう胃潰瘍の薬まで飲む事になってしまった。
さて、この老婦人の血圧ですが、家では正常で、病院では高くなります。
これは、医師や看護婦の前だと緊張して血圧が上がる白衣高血圧という症状で、本来なら血圧の薬は不要なのです。
さらに、「240mg/dl]という血中コレステロールの数値ですが、70歳という年齢を考えれば、体のほかの部分に負担をかける薬を投与してまで下げる必要はありません。
いってみれば、病院で計った血圧が高かったため、薬を原因とする頭痛とめまい、胃潰瘍を「患わされてしまった」ことになります。
本当は治療の必要がなかったにも関わらず、病人にされてしまった。

このような例は、日本の医療現場ではよく見られる事です。



体全体を考えない医療

これは、患者の病気の部分しか診ない医師、その部分を薬で治せばいいと考える医師、患者の全体像を掌握できない医師。
「木を見て森を見ない」医師が少なくない事を表している。
その原因の一つには、今の医療研究に見られる傾向がある。
ミクロの世界を分析する事に重点が置かれ、重箱の隅をほじくるごとくのような枝葉末節(中心から外れた事柄)のことを追求する傾向が大きい為である。
結果、体全体をマクロで捉えられない医師が非常に増えてきているし、これからもこのような傾向が続くと思う。



誰のための医療なのか

医学は進歩したと言われているが、毎年病人が増える一方なのは、一つには医療が大きな産業であるからである。
産業としての医療は、病人を治療するだけでなく、病人を作り出しているのです。
そして、病人の増加に伴い、国民の総医療費も毎年増加一途をたどっている。
お医者さんにかかったときの医療費を国民全体のレベルでみるのが国民医療費です。
国民医療費は近年、年間約1兆円ずつ増え続け、平成11年度には30兆円を超えました。
平成12年度と平成14年度には減少していますが、これは平成12年度には介護保険制度がスタートし、医療費の一部が介護保険へ移ったこと、また、平成14年度には史上初の診療報酬がマイナス改定されたことによるものです。
このような要因により医療費はいったん減少しましたが、平成15年度には再び増加に転じ、平成16年度は過去最高となりました。
 国民医療費が増加する大きな要因として、社会の高齢化があります。
平成16年度の国民医療費約32兆1千億円のうち、65歳以上の人の医療費(老人医療費)が約16兆4千億円となっており、国民医療費の50%を超えています。


厚生労働省の推計では、平成37年には国民の4人に1人が高齢者となり、国民医療費は約65兆円になると予測されています。
この30兆円を超える金額がどこに行くかといえば、
まず、医師の収入として約1兆5000億円、その他は、製薬会社、医療機器メーカー、薬剤師や看護士など病院のスタッフ、薬局、介護福祉従事者などに支払われ、多くの人々が医療によって収入を得て生活して
いるのです。

逆の見方をすれば、これらの医療関係者を養うためには病人と病気が減っては困るのです。

元経団連会長の土光敏光さんが20年も前に「日本経済は無駄や不必要なものが多すぎる」と指摘されています。

医療も全く同じ状況であるといえます。
こうした状況の中で、患者が医療の犠牲にならないためには、医師や病院の言うなりにはならないで、
「納得のいかない医療は受けません」といって断る姿勢が必要となります。



病気で成り立つ医療経済

他の産業構造の例にもれず、というよりは、それを象徴するかそれ以上の状態で、医療界でも、医療産業、官僚、医学者の三者による共同体のスクラムが組まれている。
新薬で大当たりをもくろむ製薬会社、製薬会社に再就職を図る厚生官僚、多額の研究費を得るために論文を量産する医学者、こうした人々によって、医療の発展という大義名分の下に、莫大なお金(予算)と無駄な時間が費やされている。
実際、薬の効果がほとんど認められないものが承認されたり、今までの薬より劣るものが新薬として承認される事すらある。
内情を知らない患者や、税金を払う善良な国民は、ある意味「犠牲者」といえる。
さらに、日々診療に携わる医師自身に不適当で過剰な医療をしているという自覚があれば、少しは事情が変わってくるのだが、医学教育の中で、「現代医学万能」「科学薬品万能」という固定観念を植え付けられてしまっているため、全てに近い多くの医師たちは、
自分が行っている医療が一番正しいと信じて疑わない。



患者はどうすれば良いのか

医師自身この固定観念が誤りと気付かないのには、熾烈な受験戦争を潜り抜け医師になったとのプライドがあるためです。
このプライドが異なる見解に耳を傾け理解することができない。
しかし、どのような分野で仕事をしてる人でも、「自分が間違っているかもしれない」とか「他にもっと良い方法があるかもしれない」とか「相手のいうことのほうが正しいかもしれない」という考えに耳を傾ける寛容さと大きな度量がなければ進歩はあり得ない。

患者自身が考慮する事は、「医師は他人で身内の人ではない」と言うことです。
医師は患者に対し、「医学を学んでいないのだから、医学のことがわかるわけがない」「自分が患者を治してやる立場だ」などと思い込みがちです。

本当の身内のように親身になって対処してくれる医師は、そう多くはいません。
本来、病気は自分自身が持つ治癒力で治るのであって、医師はその手伝いをするに過ぎないのです。
そして、患者の苦しみの究極の部分は患者本人にしかわかりません。
信頼の出来る医師に体の不調を相談し、診断してもらいその内容について説明してもらうまでは問題ありません。

しかし、納得いかない検査や不要な治療にはより詳しい説明を求めるべきです。
そして、説明や治療の進め方に疑問を感じたら、拒否をしてもいいのです。

あなたは車を買うとき、
多くの情報を集め、ディラーを訪ね、自分の気に入ったものを選ぶでしょう。

お金を払って医療を受けることは、こうしたものを買う事と同じなのです。



セカンドオピニオンの重要性

日本の医療は治療にかかる費用のほとんどが、保険でまかなわれてきました。
他の国と比べ、個人負担の少ないことは、患者が医師や治療法をシビヤに選択することへの妨げになっていたといえるかもしれません。

しかし、納得いく説明をしてくれる医師、自分の症状に合った治療法を提案する医師、このような医師が見つかったとしても、その医師の考えが正しいか、治療法が適切か実のところわかりません。

なにか、見落としの可能性は、もっと良い治療法がないかなどなるべく負担にならない治療がが望ましいですが、体や命に関することなので間違いや、取り返しのつかない事が起きないように注意すべきです。

最も良い方法としては、病院もしくは医師を換えて、 セカンドオピニオン(二番目の意見)を聞く事です。

セカンドオピニオンを聴く場合としては、代替医療や統合医療に詳しい医師や人物が最善です。

実際に重篤な病気では、
セカンドオピニオン、サードオピニオン(三番目の意見)生命を大きく左右してしまう事があります。

それが、やがては未来の子どもたちに美しい、環境に優しい、安全な国を伝え残せることになる。